日本におけるプロ野球とは、社団法人日本野球機構(NPB)の下のセントラル・リーグ(セ・リーグ)、パシフィック・リーグ(パ・リーグ)の2リーグ全12球団、他いくつかのリーグで行なわれるプロスポーツを指す。
# プロ野球は第二次世界大戦後より長きにわたって長嶋茂雄や王貞治などの国民的人気を得た選手の出現などもあって、日本のプロスポーツの中でも高い人気を誇りながら試合の観客動員数を増やしてきた。かつては巨人中心の人気構造も近年ではかなり変化し、強豪チームへと生まれ変わった阪神や中日、地域密着を全面に打ち出したソフトバンクや楽天や日本ハムなどが人気を集めるようになった。
# フリーエージェント制度導入やドラフト制度の変更により選手年俸や新人獲得費が年々増大して億単位に高騰し、球団の経営を圧迫している。ただし、年俸高騰については過去に日本プロ野球界に大ダメージを与えた黒い霧事件のような八百長を防止する効果もあるので、一概に問題視はできない。
# メジャーリーグへの選手移籍が容易になり、メジャーリーグで活躍する選手が注目されるようになった。しかし反面、メジャーへの選手流出が相次ぐことから「プロ野球界の空洞化」「日本プロ野球のメジャーファーム化」を危惧する声も多い。
# パ・リーグ球団は全国放送のテレビ中継がセ・リーグ球団より大幅に少ないため、事業として苦しく、セ・リーグ球団に対して1リーグ制への移行や交流戦を希望していたが、協力を得られずにいた。2004年にパ・リーグの大阪近鉄バファローズは、チーム命名権の売却を希望したが、他球団の反対にあい頓挫し、ついには同じパ・リーグのオリックス・ブルーウェーブと合併を交渉するまでに至った。これは、かつて近鉄が消費者金融大手のアコムの社名ロゴをユニフォームに入れた時や、国際メディア企業でアメリカメジャーリーグのロサンゼルス・ドジャース買収歴もある豪ニューズ・コーポレーションが近鉄を買収するとの報道が流れた時、外資系企業や消費者金融業に嫌悪感を持つ読売新聞グループ本社の渡邉恒雄会長が強硬に反対し、近畿日本鉄道本体の経営難もあって、自力再建を断念したためと言われる。また、ファンの地理的範囲が重なるセ・リーグの阪神タイガースに偏向する在阪マスメディアの報道も影響したとされる。この合併交渉を始まりとする出来事については、プロ野球再編問題 (2004年)を参照のこと。
クライマックスシリーズ(プレーオフ)
このプレーオフ制度は2004年にパ・リーグに導入され、2007年からはクライマックスシリーズと銘打ってセ・パ両リーグで導入されたが、セ・パ各リーグ6球団中のシーズン上位3球団ずつが、シーズン首位と2、3位のゲーム差にかかわらず日本シリーズ進出の権利をかけてプレーオフを行うというシステムである。 今回のプレーオフ制度導入は、世界的にポストシーズンの試合が充実する傾向にあるのに沿った形であるが、消化試合を減らすために優勝決定に絡むカードを増やし、ファンの関心を集め、集客増やテレビ中継による収入増を図るというのも目的にある。プロ野球でもプレーオフを経験したパ・リーグの代表チームが、連続してセ・リーグの代表チームを圧倒したという事実が、プレーオフ制度の導入にとって追い風となっている。
一方、パ・リーグでの導入元年である2004年と2年目の2005年に2年連続でリーグ戦1位だった福岡ソフトバンクホークス(2004年は福岡ダイエーホークス)がプレーオフで優勝を逃したり、逆に2005年に西武ライオンズがシーズン勝率5割を割っていながら3位ということでプレーオフに進出したりと、レギュラーシーズンの価値が損なわれかねない結果も生じており、ファンの間ではプレーオフ制度そのものについて様々な賛否の声もある。
2007年のセ・リーグでの導入元年(こちらはプレーオフではなく、クライマックスシリーズ)では、読売ジャイアンツがリーグ戦1位、中日ドラゴンズが2位だったが、クライマックスシリーズで中日ドラゴンズが3位の阪神タイガース、1位の読売ジャイアンツを破り、日本シリーズでも北海道日本ハムファイターズを破り、クライマックスシリーズ制度で初の優勝を飾った。
しかしながら、1位で通過しても「優勝」と認められなかった(プレーオフの勝者が「優勝」となっていた)パ・リーグ時代のプレーオフと違い、クライマックスシリーズの場合は「シーズン1位=優勝」と変化した。この変化によりシーズン自体の優勝争いの価値が前年までのパ・リーグのプレーオフとは大きく変わった。
(出典:wikipedia)